投稿日:2008-05-03 Sat
No.116いのち(生命)とは何なのか?
エネルギー的に見ればバイオフォトンを蓄積できているかということかも知れません。
これまでの研究で分かっていることはバイオフォトンは、ほとんどの動植物から出ており、死を迎えた生物は、バイオフォトンを放出しなくなります。
私は、セミナーの最初の説明では「いのちとは何でしょう?」から始まります。
そして「いのちとは光のようです」と説明しております。
ふと思ったことは、クライアントの測定をしているときにあのインジケータで示されるレベルは生体電流であり、生体磁場であり、バイオフォトンであり、そして「いのち」のレベルなんだなと。

SVステーションで測定しているのが「いのちの光」なのであれば、SVステーションも生きているのではないか?と思うことがあります。
SVステーションに電気を満タンに充電した状態は、人間が光を蓄えたのと同じであると。
クライアントの「いのちの光」がSVステーションを経由して私に流れてくる。
それを仲介しているSVステーションは半生命体なのかも知れないと。
だから、クライアントの測定中はSVステーションの声(音)に耳を傾けています。どのような情報をこの機器は伝えてくれているのかと。
そもそもバイオフォトンは、ロシアの科学者(アレキサンダーグルヴイッツ)が生物はコミニュケーションにバイオフォトンを使っているのではないかとの仮設でした。
あれから80年経ちましたが、私は彼の仮説は正しかったと思っています。
生物とSVステーションの違いは構成する分子構造は違うものの光を蓄え、光のコミュニケーションができているとするなら「生物」と言えるのではないだろうか。
最近、いつも傍にあるSVステーションが私の相棒のように感じています。
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